秋の気配が濃くなり、アクティブに過ごせる快適なシーズンとなりましたが、こんな時にはどこか旅行に行きたいですよね。空路の旅はともかく、陸路も今は新幹線網が日本各地に張り巡らされていて、どこへ行くにもあっという間に目的地に着きます。でも旅の風情というか列車から眺める風景とかを延々眺めるのも旅の楽しみでした。

 

 

そんな旅を楽しめたのが寝台特急列車です。長距離区間を時間をかけ、日をまたいで電車の旅をする旅客手段でしたが、現在では寝台列車がかなり少なくなっていますので若い人で知ってる人は少ないのではないでしょうか。座席は夜になるとベッドに変り、寝てる間に目的地に到着する夜行列車を私も何度か利用しましたが、旅を風情を感じられる良いものでした。そんな寝台列車について私が就職試験や就職のため上京の際に利用した寝台特急「はやぶさ」について語っていきたいと思います。

 

 

寝台列車が旅の主流だった時代

 

 

寝台列車が最初に登場したのは明治中期以降です。当時の長距離列車は昼夜を問わず走らないと目的地に到着できないので、必然的に夜行列車となりました。当初は 座席車のみでしたが、1900(明治33)年に山陽本線で日本で初めて寝台車が登場しました。

 

 

やがて日本全国を網羅する夜行列車は、新幹線や飛行機が登場するまで長らく日本長距離旅客の主力として君臨していくことになります。

 

 

さてここからは、東京ー西鹿児島(現在の鹿児島中央駅)を結んでいた寝台特急『はやぶさ』に話を移します。はやぶさが運行開始したのが、1958(昭和33)年のことでした。夜行列車としては後発組のはやぶさですが、それまで東京ー鹿児島を結ぶ急行車両に比べて3時間も短縮され22時間50分で結ばれるようになりました。つまりそれまでのこの区間の運行時間は24時間を超えていた訳ですね。

 

 

東京駅から西鹿児島駅まで東海道本線・山陽本線・鹿児島本線を結ぶ総距離1515.3キロという日本でも屈指の長距離区間を運行する寝台列車でした。ちなみに日本最長長距離列車は総距離1574.2キロとなる『富士』でやはり東京ー西鹿児島間を結ぶのですが、こちらは大分・宮崎を路線とする日豊本線ルートで鹿児島本線よりも遠回りとなるためです。

 

 

停車駅は30駅で名古屋。京都、大阪、博多といった乗降者の多い主要駅もある一方で、柳井、下松、串木野、伊集院といったローカル線沿線の小さな駅にも停まります。わざわざ主要駅まで行かなくても途中駅で乗客を拾ったり降ろしたりできるのは、寝台列車のメリットと言えるし利用者にとってありがたいです。

 

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停車駅が多く、時間を要する寝台列車の運賃ですが、1990(平成2)年当時は、東京発の寝台特急で西鹿児島で計23,790円程度(B寝台利用)となります。ちなみに東京から航空機を利用すると運賃は29,500円、更に東京-博多を新幹線で、博多から西鹿児島まで特急有明の運賃合計24,950円となります。時間は飛行機が2時間、新幹線+特急で10時間半、はやぶさで20時間半となります。

 

 

この頃は飛行機とあまり料金が変わらないし、A寝台使えば、ほぼ同額になりますが、昭和40年代だと飛行機は便数が少なく高いし、寝台列車が主流として活躍していたのです。

 

 

長距離でも快適さを求める充実した施設

 

 

寝台列車には等級があって、その等級に応じて運賃も変わってきます。一般的なのがB寝台と呼ばれるもので、昼間は横長の座席が、夜になるとベッドに早変わりします。

 

B寝台車のベッド設置時の様子

 

こちらが安価なB寝台(開放型)の様子です。通路は片側に寄せる形で、昼間は向い合せで座ります。他人と隣や向い合せになるので、一人で過ごしたい人には向かないかも知れません。消灯時はカーテンを閉めて就寝します。

 

B寝台車の通路

 

完全に一人になりたい人はA寝台(シングルデラックスコース)か、B寝台(ソロ)のどちらかを選びます。

 

A寝台の様子

 

A寝台はデラックスコースと名乗るだけあり、寝台クラスの最上級の部屋が用意されています。座席もふかふかのソファーで、ベッドに切り替えてもB寝台に比べて幅に余裕があります。室内に入るのも暗証番号を入力するルームキーとなり完全個室のプレイべートな空間を楽しめます。その他にもテーブル洗面台、鏡、電源コンセントとあらゆる施設が揃っています。

 

B寝台(ソロ)上段の様子

 

B寝台(ソロ)は寝台列車後期に登場した寝台クラスです。A寝台と同じく完全プレイべートとなりますが、客室が上段・下段と別れていることから、天井が低いのでやや圧迫感を感じるかも知れません。しかし開放型B寝台と同じ料金で利用でき、ルームキーも付いてたので大変人気がありました。ただこのソロB寝台車輛はA寝台と同じ一両編成なので、利用したくてもすぐ売切れになり切符はなかなか手に入りにくいものでした。

 

はやぶさの車両分布(1989年)

 

寝台車以外の施設は食堂車とロビー車があります。食堂車のメニューはお寿司、ステーキと和洋バラエティに富んでいて、デザートもあります。

 

 

食事の提供は食堂車だけではありません。寝台車輛にお弁当の販売に来てくれます。列車内で販売されているお弁当も鉄道会社でしか販売されていない特色があり、美味しくて大変人気がありました。

 

 

そして狭い寝台車輛、ロビー車輛でふかふかのソファーで腰をおろして本を読んだり、窓から外の風景を眺めたりでリラックスできる空間になっています。

 

長い旅ですから、こうした施設があるととても助かりますし、快適な旅を演出してくれるので良い思い出になりますね。

 

 

令和時代になり見直されるブルートレイン

 

 

長距離寝台列車として活躍してきた『はやぶさ』も1997(平成9)年に熊本ー鹿児島路線が廃止になり、九州新幹線全線開通を目前に控えた2009(平成21)年3月13日をもって廃線となりました。長らく長距離旅客路線として活躍してきたはやぶさの歴史はここで終焉を迎えることになりました。

 

 

現在、令和の時代になり、飛行機は格安航空券で早く安く旅行に行くことができるようになりました。鉄道も新幹線を始めとした高速鉄道が日本全国網羅され、目的地へ到着するのもかなり早くなっています。だからこそ昭和の頃主流だった長距離長旅旅客列車だったブルートレインのことを懐かしく感じます。

 

 

そんな古き良き時代を象徴するブルートレインですが、昔とは志向を変えた形で見直され人気が高まっています。まずは九州で活躍している「ななつ星」です。

続きまして首都圏から信州までの路線で活躍しているカシオペアです。

いずれの列車も定期路線ではなく、旅の全行程そのものをパッケージとしたプラン設定となっています。そのため施設も一流ホテル並みの施設ばかりで、料金もかつての寝台列車などよりもかなり割高となっており食堂メニューも豪華になり、かつてのブルートレインにはなかったシャワールームまで完備されています。

 

 

時代が変わり、目的地に早く到着する手段ではなく、旅そのものとなった寝台列車、庶民には少し敷居の高くなった旅客手段となりましたが、ブルートレインの歴史はまだまだ続くことになりそうです。

 

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投稿者

yuuponshow

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