世の中には様々なプロ・スポーツ競技があります。どの競技が一番稼げるのか?単純には比較しづらい面もありますが、世界のプロ・スポーツ選手の長者番付を確認すると野球、サッカー、アメフト、バスケ、モーターレーサー選手などが挙がります。私個人的にボクシングが好きで、この手のランキングではボクサーが長者番付に名を連ねているのか注目してみています。フロイド・メイウェザー、マイク・タイソン、イベンダー・ホリフィールドなど世界に名が轟くプロボクサーは過去にプロ・スポーツ部門の長者番付1位になっており、他競技に比較してもボクサーの収入は非常に高い水準であると言えます。
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しかしボクサー全体を見ると稼げるのは一握りで、ファイトマネーだけでは生活できない選手が殆どです。今回はプロデビューしたばかりの選手から世界チャンピオンまでプロボクサーの収入面や待遇面など興味深く色々深堀していきたいと思います。
ボクサーの序列
ご存じの方も多いでしょうが、プロボクサーの序列は以下のようになっています。
そこからマネジメント料としてジムが33%取るので、手取りは4回戦約4万円、6回戦6万7000円となります。その割合は日本・世界チャンピオンになっても変わりません。
プロテストに合格すると4回戦からデビューします。4回戦とは4ラウンド制の契約試合のこと。経験の浅い選手同士のカードが組まれ、その後6回戦、8回戦と出世し、国内タイトルを含むメインイベントで10回戦を戦うことになります。
基本的にプロボクサーに給料はありません。試合を行うことによって得られるファイトマネーが唯一の収入源となります。そのため、世界チャンピオンレベルの選手を除けば、ほとんどの選手が他に仕事を持っていたりアルバイトなどで生活をしているのが現状なのです。
そしてファイトマネーは所属するジムにもよりますが、基本的にチケットで渡されます。ご存じない方にとっては驚かれるでしょうが、経験の浅い4回戦、6回戦の選手はその傾向にあるようで、支給されたチケットを売り捌かなければ収入にはなりません。なので、ジムメイトや友人・知人へチケットを買って貰わなければなりません。メインイベントで人気選手や好カードの試合ならば、ジム側が最初から現金で支給することもありますが、基本チケット支給であることは間違いありません。
4回戦から8回戦までファイトマネーはほぼ同じですが、10回戦以上出世した場合のファイトマネー事情については次の項目で紹介させていただきます。
世界チャンピオンでも恵まれない環境
メインイベントを張る日本チャンピオンを含むボクサーのファイトマネーは、選手の人気・知名度・ボクシングジムの力によって変わってきます。
日本チャンピオンの基本的なファイトマネー相場は100万円前後と言われています。年3、4試合を防衛することで年400万円前後が支給されるので、このあたりまで出世するとファイトマネーで生活できるレベルになります。アジア圏の東洋太平洋チャンピオンは日本チャンピオンよりもやや高くなりますが、大きく生活が変わるまでにはなりません。やはり世界チャンピオンにならないと厳しいですね。
ボクサーとして頂点を極める世界チャンピオン。ここまで来れば収入も生活も大安泰!となるはずですが、現実はそう甘くありません。世界チャンピオンとなっても一億以上稼ぐ選手もいれば、何と!ファイトマネー0のチャンピオンまでいたのですから。
2006年にWBC世界フェザー級王者となった越本隆志選手は初防衛戦のファイトマネーが0円だったことが話題となりました。
スポーツの興行試合で、ましてや世界戦という舞台でファイトマネーが支払われないとは異例も異例で当時話題となりましたが、これは世界戦を興行するためのボクシングジム側の支出が大きかったことが要因だそうです。しかしファイトマネー0では夢も希望もありません。先述したファイトマネーがチケットで支払われるという悪習が続いているようにプロボクシングを統括する組織もあるのだから、組織が選手への報酬を一元管理するようなシステムでないと、こういう悪しき事例は後を絶たなくなると思います。
ボクシングの全盛期
昔のプロ競技と言えば野球とボクシング、あと相撲くらいしかありませんでしたが、特にボクシングは野球を上回る人気ぶりで、世界戦をテレビ中継すると50%は軽く超えるほどで、ボクシング中継はテレビのドル箱的存在だったのです。戦後間もない時期に史上初の世界王者となった白井義男は、1試合のファイトマネーが800万~1千万と言われていましたが、大卒初任給は1万円にようやく届く時代です。
ファイティング原田は、バンタム級の政界王者で4度の防衛を重ねてきましたが、防衛戦のファイトマネーは1試合4千~6千万貰っていたそうです。 在位していたのは、1965(昭和40)年~1968(昭和43)年にかけて。大卒初任給が、ようやく2万円を超えるか超えないかといった時代です。
このように当時は世界チャンピオンになれば一生安泰のお金を僅かの期間で稼ぐことができたのですが、世界チャンピオンになれなくても、人気のあるボクサーのファイトマネーは凄かったのです。戦前のスーパースターとして知られるピストン堀口は昭和10年、内閣総理大臣の月給が600円の時代にピストン堀口のファイトマネーは、3,000円だそうです。時の総理大臣の5倍稼ぐ、しかも年10回以上の試合をこなしてきた堀口選手ですから当時の収入としては天文学的な稼ぎだったと思われます。いかに戦前のボクシング人気が凄まじかったかがお分かりいただけるでしょう。
そして昭和30年代、テレビ局が続々開局していき、テレビの人気番組であったボクシングのテレビ定期番組は、週7~8本もありました。ノンタイトル戦も含めほぼ毎日のようにボクシング中継がありました。それもほとんど夜8時前後のゴールデンタイムにです。
当時日本チャンピオンだったボクサーが、タイトルマッチ1試合でもらったファイトマネーで東京の郊外に一軒家が買えたとか。いまの日本チャンピオンは「専業」も厳しいですから当時のボクサーは恵まれた時代だったのです。
現在億単位のファイトマネーを稼ぐ選手も珍しくなくなりましたが、昔のボクシングは世界チャンピオンになれなくても人気のあるボクサーであれば家を購入できるくらい稼ぐことができました。プロスポーツも多様化して、昔のようなボクシング人気はなくなりましたが、身を削る激しい格闘を要する大変過酷な競技です。昔のような待遇とはいかなくとも夢のある待遇に改善してほしいものです。